マシュマロココア 






秋も深まり日が沈むのが早くなった秋田の空は、
部活を終えた氷室と紫原が部室の鍵をかけ帰路につく頃にはすっかり暗くなっていた。
まだ10月だというのに吐く息が白い。
ついさっきまで部活で熱い汗を流していたとは思えないほど、冷気は容赦無く二人を包む。
「寒いねー、室ちん。」
「そうだな。風邪ひかないようにしないとな。」
どちらからともなく寄り添い、しばらくすると紫原の手がそっと氷室の手を握る。
直前までポケットに入れて暖めていたのだろう、その手とても暖かくて氷室は何も言わずに紫原の手を握り返す。
普段は口を開けば幼稚なことしか言わない紫原がこんな行動にでることに、氷室ははじめ驚いたが
それはすぐに喜びと安堵に変わった。
紫原のときおり見せる優しさが可愛くてたまらないし、
それが自分に向けられたものだということが嬉しくて仕方がなかった。
今もこうして紫原のぬくもりを感じることができて、嬉しすぎて顔がにやけてしまいそうになる。

ーこの関係がいつまでも続きますようにー
ゆっくりと瞬きをしながら星が降りそうな夜空に願いごとをした。


***

言葉にこそしないが、氷室は紫原に恋をしていた。

しかし、その想いを相手に打ち明けるつもりはなかった。

ー伝えて、そしてどうする?俺なんかに好かれてアツシが喜ぶか?
男に言い寄られても、アツシが困るだけじゃないか。だったら、俺はこの想いをずっと閉じ込めておこう。ー

それが氷室の結論だった。

思ったことをそのまま口にする、福井に言わせると「クソ生意気」な後輩だが、
氷室からすれば、自分にまっすぐな紫原のその素直さは美徳の一つでもあった。
人は自分にないものを求めるし、愛するのである。


***

「室ちん優しーからすきだよ。」
以前、腹が減ったと言って突然氷室の部屋にやってきた紫原にマシュマロ入りのホットココアをふるまってやったときに呟かれた一言である。

一瞬、マシュマロの入った袋を落としそうになったが、すぐに平静を取り戻し普段と変わらない笑顔を作った。
「そんなこと言ってくれるなんて、優しいのはアツシの方なんじゃないのか?」
そう言って紫原の方を見れば、ココアの中のマシュマロをスプーンでいじるのに夢中になっていた。

冗談半分で言ったであろう言葉にドキドキしている自分が内心情けなかったが、
冗談でも「すき」と言われたことの方が重大であった。

ーああ、恋ってこんなにも人を弱くするんだなー

氷室は少しの自己嫌悪と、淡い甘さが胸に染み渡るのを感じた。
「ねー室ちん、これゲロ甘いけど、おいしー。」
「そ、そうか。よかった。」
ふと我にかえると、飲み干したコップ片手に微笑んでる紫原と目が合った。
「また作ってほしーし。」
微笑んだ紫原が愛おしくて、この笑顔を見れただけでも幸せだと思うのだった。

ーそうだ、アツシが俺の側で笑ってくれれば、それだけで俺は幸せなんだ。求めすぎちゃいけないんだ、求めすぎたらまた…ー

***
寮に着き、下駄箱の前で自然とお互いの手をほどく。
それがいつも名残り惜しいのだが、恥ずかしいので決して顔には出さない。
「ねー室ちん、後でさー、室ちんの部屋行っていー?」
「もちろんいいけど…どうした?宿題手伝ってほしいのか?」
「ん〜、それもあるけど、あの甘いヤツ飲みたい。」


***

「うん、やっぱコレおいしーし。」
満足そうに言ってココアをすする紫原の横で、氷室は紫原が持ってきた宿題のプリントに目を通す。
手伝ってやるとは言ったものの、海外生活が長かったため、日本語にも、日本の教育のカリキュラムにも疎い氷室にとっては
学年が下の紫原の宿題も決して易しくはないのだ。
気がつけば、眉間に皺をよせて必死で和英辞典をめくる。
「室ちん、俺の宿題必死にやってくれんのは嬉しいんだけど、ちょっと聞いてほしーことが…」
「どうした?おかわりか?」
「そーじゃなくてー!」
ちょっとマジメな話だからこっち向いててー。と言いながら氷室の顎を持ってクイッと自分の方へ向けさせる。
突然のことに何が何やらわからなくなった氷室はというと、固まったまま紫原を見つめる。

「あのねー、前にも言ったんだけど、ちゃんと伝わってなかったみたいだからもっかい言うね。」
口調こそ普段と何ら変わらないが、まっすぐ氷室を見つめる目が真剣なのに氷室は気づいた。
それと同時に自分の鼓動が早く脈打つのが聞こえた。


「俺、室ちんのこと、すき。」

言い終えると同時に、紫原の唇が氷室のに重なる。
やさしく触れるだけのキス。先ほど飲んでいたココアのせいか、ふわりと甘い香りがした。
「…アツシ?」
あまりにも突然の出来事に戸惑っていると、
「この前言ったときは何か流されちったからねー、それに、手つないでもあんまコッチ見てくんないし…どう?これで俺の気持ち伝わったー?」
勝ち誇ったような笑顔で語る紫原。
氷室は自分の顔が赤くなっていくのを感じ、うつむいた。
何か言おうと考えたが、軽くパニックを起こしてる頭ではまとめられるはずもなく…
「??どーしたの、室ちmーッ!」

今度は氷室から口付けた。
思いのほか勢いよくしてしまったので、前歯がカツンと鳴ったが、紫原が優しく舌を這わせれば、自然と二人の舌が絡んだ。
口の中にココアの味が広がった。
その甘さがひどく幸せに感じられて、氷室はその幸せをずっとかみしめていたくて、
紫原の背中に腕を回し、強く抱きしめた。



end.